二年間 - 第8話 -





 仁王は極端だった。
 普段は手酷く扱われたが、時折、本当に機嫌のいいときなどは優しかった。
 ほんの気まぐれの優しさ。
 それが唯一の救いだった。
 柳生はそれにすがりついた。
 一番好きなのは、抱きしめられるようになったことだ。
 仁王のやり方はいつも乱暴で、柳生だけを素っ裸にして正上位で犯すことを好み、
 柳生の快感を高めるというよりも、自分の欲求に素直に動いていた。
 自分が達して満足すると、柳生の身体が興奮状態であろうとなかろうと放り出された。



 両足を抱えられて何度も腰を打ち付けられると緩んだ後孔は何度も収縮を繰り返し、
 出入りする仁王を喜んで咥え込んだ。
 それを主張するかのように、柳生の性器はしっかりと勃り上がり、先端はカウパーで濡れている。
 動くたびにそれがゆらゆらと揺れていても、もうみっともないとすら思わない。
 屈辱感も慣れてしまえば、感覚は麻痺してくる。
 柳生はいつしか色んなことを我慢できるようになっていた。
 「フー、この体勢も飽きてきたのう」
 仁王は抽挿を止めるとそんなことを言った。
 そのままこの関係も飽きてくれるといい。
 ぼんやりと思った。
 「他に何かないんかの」
 と、辺りをきょろきょろし始める。
 「お、エエもん発見。これ借りるぜよ」
 ベッドの下から取り上げたのは柳生の制服のネクタイだった。
 眼にした瞬間、嫌な予感に冷や汗が出る。
 「何に使うのですか」
 「何でもエエじゃろ」
 と冷たく言い放つ仁王の顔は、楽しい玩具を見つけた子供のそれだった。

 予感は的中した。
 勃起した性器を縛り上げられるのは想像を絶する責め苦だった。
 イキたくてもイケない。
 耐え切れず柳生は泣きじゃくった。
 けれど仁王は楽しげに笑い、更に突き上げの速度を速めるだけだった。
 「いやぁ、ひッ、あ――…っううっ、あン、」
 先端からは我慢汁がだらしなく零れ、白い汚れが滲んでいた。
 「もう駄目ぇ…、外して…、イカせてくださ…」
 腰を何度も揺すり、両足を絡み付けてせがんだ。
 (早く、早く…。死んでしまう…)
 もう気が狂いそうだった。
 仁王の動きの一つ一つが快感に摩り替わる。
 今なら乳首を摘まれても達するに違いなかった。
 全身で仁王を感じていた。
 気持ちいいのか苦しいのか、もうわからない。
 「嫌―…ああンっ、アアっ、あああっ」
 なりふり構わず、仁王にしがみつく。
 突き上げられるたび、何度も限界を向えてビクッビクッと痙攣した。
 当に射精してもいいほど与えられた快感が出口を求めてうねり、
 感覚を絶えず絶頂の極みに押し上げ、何度も何度も達した。
 「ひッ―…、あああっ!」
 柳生は凶器のような愉悦に耐え切れず、初めて意識を手放した。


 混濁した意識が戻ったとき、部屋には仁王の姿がなかった。
 頭の中は何かが張り付いているような感覚で、身体はずっしりと重い。
 誰もいない部屋の薄汚れた天井を眺めた。
 視界の定まらない双眸から、自然と涙が零れる。
 自分はいったいどうしたというのだろう。
 気が狂うほど啼かされ、嬌声を上げて何度もねだった。
 プライドも羞恥心も屈辱感も何もかも投げ出して、快楽ばかりを追い求めた。
 (最低です…)
 こんなのは自分でない、と思ってしまいたかった。
 泣きながら、ふと考える。
 いったい何のためにこんな我慢をしているのか。
 最初は痴態を写真に撮られて、それをばらされたくなかった。
 写真をネタに脅されて奉仕を強いられて、我慢さえすればそれで終わると思っていた。
 けれどそれは甘い考えだった。
 今、それ以上の苦痛を耐えなくてはならなくなっている。
 今更あんな写真を人目にさらされるくらいでは何とも思わない。
 むしろこの現実から逃れられるのかと思うと、安いものだ。
 もう限界だった。

 「…ううっ」
 止まない嗚咽に柳生は布団の中に潜り込むと、仁王が戻って来た。
 「アー、すっきりしたぜよ。やっぱ風呂はエエのう」
 すこぶる機嫌のいい声で柳生の隣に腰掛ける。
 「オイ、人の布団で何寝とんじゃ。さっさと帰らんか」
 冷たい物言いにも、柳生は答えなかった。
 麻痺した感覚が仁王への恐怖心さえかき消していた。
 返事をしないのに苛立ったのか、仁王は舌打ちすると布団越しに腰を蹴り上げてくる。
 激しい運動で鈍痛を抱える腰がさらに痛んだ。
 「オイ、てかまだ失神しとるんか」
 と、布団を掴まれると、柳生は意を決して口を開いた。
 「……もう、やめにしませんか」
 「は?」
 「もう…やめたいんです」
 「何言うとると?気ィでも違ったんか」
 仁王は激昂した。
 布団を引き剥がし、蹲る柳生の髪を鷲掴んで引き起こす。
 「やめるてどういうコトじゃ」
 痛みで顔が一瞬引きつったが、すぐにうつろな眼差しに変わった。
 それは諦めの表情にも近い。
 「…こんなこといつまでも続けられることじゃありません。そろそろ…終わりにしたほうがいいです」
 何とか声を絞り出した。けれど、仁王には通じるはずもない。
 「……ダメじゃ」
 掴んだ髪を今度は布団に沈められた。
 「グッ」
 「……そんなんしてみィ、公衆の面前でレイプしたるぜよ」
 「どうして、…そこまで私に固執するのですか」
 視線を向けると、仁王の表情が一瞬引きつったように見えた。
 柳生は更に続ける。
 「私でなくても、…仁王君ならもっと他にいい人がいるはずです。こんな関係なんて、お互いのためになりません」
 殴られるかと覚悟していた。
 けれど仁王は押し黙ったままで、その双眸から感情は読み取れない。
 さっき垣間見た顔は気のせいだったのか。
 「……もう帰りますね」
 そう告げてから身支度を整えて、廊下へと出る。
 部屋を出る間際仁王が何かしら呟いていたけれど、聞こえないふりをした。
 それが、後からどんな事態を招くのか、今の柳生には想像もつかなかった。



                                                                          >>NEXT



 >>BACK