パブロフの犬





 仁王と付き合いだして半年が過ぎた。
 もうキスも、それ以上のことも、口に出して言うのも憚られるようなことだってたくさん経験した。
 両親に後ろめたく思いながら仁王に抱きしめられると胸が締め付けられて苦しくて、愛しかった。
 そればかりか、仁王に触れられない夜が訪れると下肢がじわりと熱を持ち身体が芯から火照って堪らなくなる日がある。
 仁王の愛撫は頭の中が真っ白になるくらい気持ちよくて、柳生は理性を失い本能のままにそれを欲してしまう。

 恥ずかしかった。

 決して可愛くもない男の声で男の肉体であられもない声を上げることが。

 それでも、羞恥よりも愉悦が勝った。
 仁王が近くを通った瞬間、ふわりと仁王の匂いが鼻腔を擽る。
 もうそれだけで性器が充血しそうになるのだ。

 (これではパブロフの犬です)

 こんな自分は好きではなかった。
 人に言えない関係なんて、してはいけないことなのに、それでも仁王と一緒にいたかった。
 仁王が、欲しかった。




 今夜だって、また、身体が熱くなる。
 練習が終わり練習着から制服に着替え、柳生は仁王をちらりと見遣った。
 仁王は別の部員と他愛ない会話で楽しげだ。
 会話の邪魔なんて本当はしたくないけれど、このままだときっと仁王はそのまま帰ってしまう。
 今日はそんなのは嫌だった。
 だから、柳生は仁王に近づいた。

 背後に立ち、白いシャツの裾をクイクイと小さく引っ張る。

 「ン?何じゃ」
 仁王が気付いて振り返ると、柳生は急に恥ずかしくなった。
 抱いて欲しいなんて死んでも言えない。
 「あの…、」
 柳生は耳まで薄く染めて俯いた。
 上手く言葉を紡げない。
 「どーしたと?」
 「………あの、一緒に帰りませんか?」
 それだけ言うのが精一杯だった。
 仁王と柳生の家は正反対の方向で登下校が一緒になるなんて不可能だというのに。
 けれど仁王は柳生の意図を察したのか
 「エエよ」
 と、頷いた。




 「あッ…、あっアッ」
 「比呂士、もっと声押さえ」
 「ンっ…あっ、駄目ッ」
 「ほれ、そんなに声出しとったら人来よるぜよ」
 「で、も…、あン…ああっ」
 声を抑えようとしても、ぐちゅぐちゅと抽挿されるたびに声が漏れた。
 仁王の猛った怒張で内壁を擦られて、尖った亀頭で前立腺をぐりぐりされると腰から蕩けて我慢できないほど気持ちいいのだ。
 声を出すな、なんて言われても無理というもの。
 ここがいつ見回りの教師が来るかもしれない危険を孕んだ体育倉庫の中だということがわかっていても、抑えられなかった。
 帰り際どちらともなく校庭の体育倉庫に足が向かった。
 互いに服を脱がせあい、汗に塗れた身体を抱きしめあってセックスを始めてしまった。
 今日の仁王は少し性急で、けれど愛撫は濃密で柳生はすぐに身体を開いた。
 「すっげェ締まるの。中、あっつい…」
 正常位で両足を抱え上げられて仁王の男根を受け入れる。
 今までに色々な体位を試したけれど、柳生は正常位が一番燃えた。
 抱きしめられて突き上げてもらえるから、物凄く感じてしまう。
 感じたらその分だけ後孔が悦び、男根にねっとりと絡み付いて締め上げた。
 「…ン、ンいッ…あっあっ」
 逢瀬が久しぶりだったせいもあって限界も早い。
 「ンー…俺も、もうダメじゃ…」
 と、言うなり仁王は激しく腰を揺すった。
 「あああっ――…!」
 「ううっ、くっ!」
 突然の強烈な快感に勃起した性器が甘く弾けた。
 びゅるっと割れ目から白い飛沫が迸る。
 そして、それと同時に仁王の雄も熱を放出する。
 一緒に絶頂を迎えて仁王にしがみついた。

 「はあ…はあ…」
 「…フー、何か妙に興奮したの」
 「…すみません。練習で疲れてるのに」
 「エエよ。したかったンは俺も一緒じゃ」
 セックスしたかったのは柳生だけではなかったのだ。
 その言葉に少しだけ安心する。
 だから、柳生はポツリと漏らした。
 「……仁王君の匂いを嗅ぐと堪らなくなります」
 「匂い?」
 「…はい。おかしな気分になってしまって…。自分がこんなふしだらな人間だとは思いませんでした」




 それから、仁王の匂いに興奮すると柳生はシャツの裾をこっそり引っ張るようになった。
 そうすると仁王は何も言わず抱いてくれるのだ。

 それは、二人だけの密かな合図。



                                                                            end.
                                                                     (2007/05/06)




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