夕飯も食べた。
 入浴も済ませた。
 新しいパジャマに新しい下着も身に着けた。

 そして階下の両親と妹もやっと眠った。



 さて、ここからが二人の時間。





     押入れ4 〜未知への扉





 照明を落としたら、当たり前だけれど真っ暗になった。
 閑静な住宅街の一軒家。
 夜ともなると辺りは静まり返っている。


 だからだろうか。
 余計に互いの吐息を感じてしまう。
 暗がりの中、柳生は心拍数が上がった気がした。

 ――今日、仁王とどうにかなってしまうのだろうか。

 そんな不安が、寄せては返す波のように心の中に押し寄せていた。



 「……夏休みになったから、泊まりに来てくださいね」



 言ったのは柳生だった。
 泊まるということは一晩同じ部屋で夜を明かすということで、
 付き合っている二人が何もしないでいられると思うほど子供ではない。
 柳生は柳生なりに、懸命に努力していた。
 それは、いつも上手く気持ちを伝えられない柳生ができる精一杯のことだったのだ。





 柳生のベッドは広い。
 母親がみたてたセミダブル。
 その上に座り二人で向き合う。
 顔を見ると心臓が高鳴ってしまうから、柳生は下を向いた。
 だから仁王の表情は見えない。

 「真っ暗じゃの」
 「…はい」
 「おまえン家は静かじゃ」
 「そうですか?」
 「ンー。俺ン家は団地やし夜でももっと騒がしいぜよ」
 「賑やかで楽しそうですね」
 「ンー……」
 仁王は頭をかきながら生返事をすると黙り込んだ。



 いつもはお喋りで、人をからかうことが大好きな仁王も今はやけに無口だ。
 彼もまた緊張しているのか。
 二人の間に長い沈黙が落ちる。
 いや、本当は長くかったのかもしれない。
 けれど仄甘い空気が、ほんの少しの時間を酷く長く感じさせた。



 均衡を破ったのは、仁王だった。
 俯いたままの柳生の顔に、気付けば仁王の端整な面立ちが近づいていて
 (あ、)
 と思う間もなく柔らかい唇が重なる。
 咄嗟に瞳を閉じた。
 怖いのもあったし、どんな顔をしていいのかもわからない。

 仁王は無言だった。
 丁寧に唇をチュッチュッと啄ばみながらそっと肩を押される。
 横たわりながら、シーツをギュッと掴んだ。
 これから何が起こるのかと思うと、柳生は途方もなく怖いと思った。

 そんな姿を気遣ってくれたのか、仁王は優しかったし以前のように性急に求めては来なかった。
 それが強靭な精神力によるものだと柳生は知らない。



 「あっ…、ンアッ」
 身体中に愛撫を施され、後孔を舌と指で解される。
 柳生は全身を愛される悦びに打ち震えた。

 「あッ、ひッ、ンいっ…くっ」
 下の階には両親と妹がいるのに。
 出したくないと思っても、甘く濡れた声が後から後から漏れてしまう。
 柳生は何とか声を堪えようと必死だった。
 「うくッ…、んンッ…」
 唇が裂けてしまうかもと思うほど引き結び、その分身一つで愉悦の仕打ちに耐えた。

 すぐに屹立していた性器の鈴口からはタラタラと欲望の汁が垂れる。
 後孔の奥にある弱い前立腺を弄られると、感じたことのない快楽が腰から這い上がる。
 「何…、ヤッ、アアッ…あッ!」
 感じたこともない強烈な刺激に全身が戦慄いた。
 その瞬間、先端からドピュッと白濁が迸る。
 激しい快感に何が起こったのかわからない。
 弄られた性器から指の先までピリピリと甘い痺れに痙攣している。
 ハア…ハア…と激しく酸素を求め、目尻には絶頂の涙が浮かんだ。
 初めて受ける後ろへの愛撫。
 もはや声を殺す余裕は消えうせていた。



 力を無くした身体は好き放題に蹂躙される。
 また後ろに指が入ってきたかと思うと、丁寧に広げられやがて大きくて太い熱に穿たれる。
 「痛ァ――…」
 灼熱の凶器を受け入れながら悲鳴を上げた。
 声を抑えられなくなった口許を仁王の大きな掌に塞がれる。
 「んー、んんー」

 苦しい。
 身体を切り刻む痛みから逃れたくて必死にもがいた。
 しかし強い力で抑えつけられていてそれは叶わない。
 苦痛で麻痺した感覚は、やがて柳生の思考を奪っていく。
 身体の全てを支配されて犯されて、もう何も考えられなくなった。
 思考を停止した意識は苦痛と快感と混ざり合い、やがて熱の中へと溶けていった。





 仁王がいつ達したのかはわからないけれど、気がついたら嵐は過ぎ去っていた。
 ほとんど動いていないのに、四肢は汗と精液にべっとりしていた。
 仁王は覆い被さったまま、肩で荒く呼吸を繰り返している。

 痛かった。
 熱かった。
 死んでしまうと思った。


 けれど、――これがセックスというもの


 感慨深く思う。
 ここまで自分を食らい尽くした男を、それでも柳生は愛しいと思った。



                                                                            end.
                                                                      (2006.8.24)



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