痴漢電車に揺られて





 テニス部の朝は早い。
 冬も間近い十一月も半ば、家を出るときはまだ朝日が出ていなかった。
 けれど東の空は薄い赤色に染まっている。
 きっともうすぐ日が昇るはずだ。
 じょじょにまばゆい光が世界を照らすのを眺めながら、柳生は駅へと向かった。

 早い時間だというのに、駅には沢山の人でごった返していた。
 改札を通り抜け、いつものように一両目に乗り込む。
 混雑した車内の真ん中に何とか立っていられるスペースを確保した。
 あとは電車が降車予定の駅に到着するのを待つだけだ。

 (この人ごみだけは、辟易しますね)

 やや潔癖なところのある柳生には、たとえ布越しでも
 知らない人間と触れ合っているのが耐えられなかった。
 けれど文句を言う相手がいるわけでもない。
 我慢するしかなくて柳生は目を閉じる。
 そして、ゴトンゴトン…と電車に揺らに身を任せた。
 
 
 何駅過ぎた頃だろうか。
 下肢に違和感を感じた。
 閉じていた瞼を開き、視線だけを周囲に向ける。
 周りは会ったこともない会社員だらけ。
 気のせいか、と柳生は再び瞼を閉じた。
 すると、今度ははっきりとした感触の指が、筋肉で引き締まった柳生のお尻を触ってきた。
 お尻からぞくぞくと電流が走ったような感覚が生まれる。
 「――…ッ!」
 喘いでしまいそうな声を何とか喉の奥に押さえ込む。

 (いったい誰がこんなことを…)

 ぴっちりとした肉の張り詰め具合を確かめるような、いやらしい指の動き。
 最近ごぶさただったせいか、熱がともるのも早かった。
 男の証がじわじわと熱を持ち、ゆっくりと制服を押し上げてきている。

 唇をギュッと噛み締めて、もう一度周囲を伺った。
 (この中に男の体を触る変態が……、―!!)
 背後にまで視線がいったとき、その先には驚くべき人物がいた。
 「に、にお…フガッ」
 その人物の名を思わず叫ぼうするとら、口を押さえ込まれて最後まで言うことができなかった。
 「おはよーしゃん、柳生」
 喋ることができないため、軽く会釈だけを返す。
 「どしたと?そんな怪訝な顔して」
 (まさか、仁王君…)
 「なァ。…こんな混雑しとったら、若い学生狙うた痴漢でも出そうじゃと思わんか?」
 (やっぱり…!)
 この指の犯人は仁王だ。
 確信を持つと、柳生は自分の口を押さえる掌に思いっきり噛み付いた。
 「痛ってェ!」
 場違いな叫び声に、怪訝な顔で周囲の人達が振り返る。
 仁王はそれにへこへこ頭を下げていた。
 その様子を眺めながら、柳生は溜飲が下がる思いだ。
 (いい気味です)
 痴漢からも逃れ、仕返しもしっかりと済ませた柳生はすっきりした気分だった。

 けれど、相手は仁王である。
 そうは問屋が卸さなかった。

 「…オイ、このままで済むち思うとるワケじゃなかね」
 耳元でボソリと呟かれたかと思うと、敏感な耳朶に吐息が掠めて、ぞくぞくした。
 「ちょ、仁王君!」
 周囲を憚り、小声で非難の声を上げる。
 「なんね、あんま騒いだら他のお客さんがコッチ見るぜよ」
 「……そう思うならいますぐやめていただきたい。この変態ッ」
 親の敵とでもいうような目で睨みつけたけれど、全く効果はなかった。
 「イ・ヤ・じゃ」
 仁王は満面の笑顔を振きながら、決して笑ってはいない切れ長の瞳を更に細める。
 その視線の意味するところに、柳生はぞくりと寒気を覚えた。

 仁王とわかった指はより大胆だった。
 お尻の筋肉だけでなく、割れた谷間を指で行ったり来たりと引っかいていく。
 布越しの感触がもどかしく、柳生は身を捩った。
 性器はすっかり勃起していて、下着には染みを作っている。
 「…ッ、クゥ…」
 指が怪しく動くたびに、腰がむずむずして堪らない。
 更に指は割れ目を伝って蟻の門渡りをググッと抉られた。
 「んーっ!!」
 快感の熱が全身を駆け巡る。
 瞼の裏にチカチカと光が走り、柳生はびゅっびゅっと下着の中に射精した。
 (気持ちいい…)
 全てを吐き出し、余韻でとろんとなった体を背後から仁王が支えてくれたので
 大人しく身を任せた。
 そんな優しさとは裏腹に
 「どっちが変態じゃ。メス豚が」
 と、言う仁王の相貌は、下卑た漢のそれだった。
 そんな顔を(憎たらしい…)とすら思えた。

 電車の外にはすっかり上った太陽が、街に朝の光を届けていた。
 それを他人の肩越しに見つめながら、こんな男を好きだと思う自分が柳生は一番憎らしかった。



                                                                           end.



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