女郎蜘蛛







 柳生の性癖は校内で知らないものなどいなかった。
 テニス部のチームメイトでさえも、(表には出さないが)柳生との接触を避けていた。
 悲しいけれど、それが社会の現実だった。
 だから柳生は諦めていた。
 そんな彼に一筋の光が差す。
 それが仁王雅治だった。


 「仁王君、私を騙していたのですね!」
 柳生は激怒していた。
 「ア?何ね、ウザいわオマエ」
 仁王は話など聞く気もなかった。
 そんな仁王に、柳生は更に続ける。
 「私のことを好きと言ったではありませんか。だから私は君とセックスをしたのですよ!
  それなのにどうして他の女性と交際など……!」
 感極まったのか、そこまで言うと泣き崩れてしまった。
 中学生とはいえそれなりの体躯の男が大泣きする姿は滑稽だった。
 ここが二人きりの部屋なら、この醜態もまだ見れたかもしれない。
 けれど違っていた。
 今この時間この場所は、昼食をとる生徒達で賑わっている食堂なのだ。
 生徒たちがなにごとかと注目する中で、柳生は後先考えずにわめき散らした。
 「うっせェ、このホモ野郎。たかが女一人でキャンキャン吠えるんじゃなか」
 と、蹲った背中を一蹴りして、その場から逃げ出そうとする。
 すると背中から、負けじと罵りの声が飛んできた。
 「そのホモの身体で楽しんだのは誰ですか!このザーメンまん!」
 爆笑の渦に包まれた食堂から、仁王は走って後にした。


 そんな柳生もベッドの中では可愛らしかった。
 「あ、あ、駄目です、恥ずかしい…!ああっ」
 などと啼いて、恥じらい、必死に仁王に合わせようとしがみ付いてくる。
 慣れていないのは一目瞭然だった。
 (ずっとこういう顔じゃったらなァ。ホント騙されたぜよ)
 などと思いながら、せっせと行為に勤しむ。
 事が終わり、上半身を壁に凭れて水を飲んでいると、柳生が擦り寄ってきた。
 その鼻を摘でんみる。
 「おい、オマエのせいで俺のあだ名はザーメンまんになってしもうたぜよ。
  どう落とし前つけてくれるんじゃ」
 「ん…ひゅるしいです…」
 手を離してやると、柳生は鼻を擦った。
 「いいではないですか。これで貴方も私と同罪です」
 「どういう意味じゃ?」
 「もう仁王君の相手をする人なんて、私しかいないという意味ですよ」
 「…わざと、かよ」
 声が引き攣った。
 同性愛者をからかってやろうと、遊び半分で手を出しただけだった。
 2,3回楽しんだら、さっさと捨ててやるつもりだった。
 けれど、今校内では柳生ばかりか、仁王までも同性愛者のレッテルを張られている。
 事実とは異なる噂なので気にも留めていなかったが――何もかもが柳生の手の内だったとでもいうのか。
 仁王は腰にすりよる男に底の無い恐怖を感じた。
 そんな気持ちを知ってか知らずか
 「まさか。私がそんなことをすると思いますか?」
 と、菩薩のように微笑んだ。
 「こんな性癖の私を受け入れてくれたのは仁王君が初めてです。両親でさえも認めてくれなかったのに…。
  私は貴方に感謝しているのです。出会えて本当に良かった」
 それはとても真摯な眸であった。
 仁王は「フーン」と唸って、猫にそうしてやるように柳生の頭を撫でた。
 そして、こう思った。


 柳生比呂士という男は、女郎蜘蛛じゃ。
 自分からは決して動かず、網に誰かがかかるのを待っとる。
 その網にかかったが最後、なりふり構わずあの手この手を使うて自分の掌中に掴んで離しよらん。
 そして俺はそれにまんまと捕まった、可哀そうな虫じゃ。
 きっと一生逃げられん。精の果てまで吸い上げられるじゃろう。


 (……ま、退屈せんで良さそうじゃけェ。エエか)


 女郎蜘蛛が捕まえたこの虫が、実は寄生虫であったとわかったのは十年後のお話…



                                                                           end.



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