秋の木漏れ日が優しいある日

 一枚の葉書が届いた

 どこかの海の写真だった

 汚い字で、こう書かれていた



   “ 好きすぎて、バカみたいじゃ ”



 名前も住所も無い葉書。
 消印は、『室戸』と。
 聞いたことの無い地名で、知り合いなどいなかった。

 だけど、こんなことを書く人間は一人しかいない―――

 (仁王君……)

 胸が締め付けられる。

 (痛い…)

 どうして、こんなに苦しい。
 どうして、こんなにも涙が止まらない。

 知らないうちに流れていた涙を拭って柳生はもう一度葉書を見た。
 そこにははっきりと『好き』と書いてある。
 好き、なのは誰が誰を?
 「……好き」
 柳生は(ああ、そうか)と、顔を上げた。
 今すぐ仁王に逢いたいと、思った。

 そして、ずれたままだったパズルピースが嵌った気がした。



 鞄に荷物をつめて、一路室戸へ――
 ただ一枚の葉書だけを頼りに、町へ降り立った。
 古びた旅館に宿をとり、何日もかけて「仁王」という人物を知らないかと聞いて回った。
 四日目、ようやくそれらしき人物がいると教えられた。
 市街地から外れて、そこは漁師町だった。
 海が近いのか潮の香りがする。
 教えてもらった住所を頼りに、その家を探し歩いた。
 ようやく見つけたそこは、表札もチャイムも何もない古くて大きな家だった。
 表から声をかけると、シン…と静まり返っていた。
 「誰もいないのでしょうか」
 誰かに聞こうと思っても、近所に人影は見えない。
 仕方なく、勝手に裏口へと周る。
 細い通路を抜けると、庭らしき場所が見え、誰かがいるのがわかった。
 (あ、)
 後姿からでもはっきりとわかる、銀糸の髪。
 座って何か作業をしているようだった。
 ガッチリとした背中は、懐かしさに溢れていた。


 本当は不安もたくさんあった。
 こんなところまできて、迷惑じゃないかと、何度も考えた。
 別れを決めたとき、仁王にはもう何の執着も感じなかった。
 それは嘘じゃない。
 だけど、ずっと引っかかっていた思い。
 それは仁王の失踪がきっかけとなって、膨らんだ。
 柳生は手にした海の写真の葉書をぎゅっと握り締める。
 今、その思いは胸にはっきりとした形となって、存在していた。
 
 (―――もう、迷いません)


 一歩一歩、ゆっくりとした足取りで、柳生はその背中へと近づいていった。



                                                                            
end.



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