今まで何も間違ったことなど、ないと思っていました。 二年間 −第1話− 柳生は個人医院を経営する両親の間に長男として生まれた。 ごく当たり前のように、将来は医師になるものと思われていたし、彼自身もまたそう思っていた。 そのことに対して、疑問も反発も浮かんだことなどなかった。 彼にとっては将来医師になるということは、ごく自然なまるで水を飲むことにように、生きていく上で当たり前のことだったのである。 仁王に出逢ったのは中学1年のときだった。当時のことはあまり思い出せない。 いや、思い出さないようにしていると言ったほうがいいかもしれない。 彼に対して、良い思い出が何一つないから。 初めて逢ったとき受け入れられないと思った。 訛りのきつい言葉。その薄い唇から紡ぎ出る一言一言が、攻撃的で柳生を傷つけるばかりだった。 一時期は彼を見かけるだけで、背筋に冷たいものが走った。 見方が変わったのはそれからずっと後。 レギュラーとしてダブルスを組むことになったときだった。 練習中は嫌でも一緒にいなくてはならず、趣味も話題も興味も異なる仁王との接触は精神を擦り減らされた。 歯に衣着せない仁王の物言い。 優等生然とした柳生に、仁王は嫌悪感を隠さなかった。 裕福な家庭に生まれ大事に大事に育てられた箱入りの柳生は、他人から酷い扱いも言葉を受けたことがなかったのだ。 仁王は初めて柳生を傷つけた人間だった。 その日はテスト期間中で部活は休みだった。 仁王と組んで二ヶ月が経とうとしていた。 夏休みも終わり、濃淡の紅葉が双眸に鮮やかな秋も深まる頃。 窓から見える銀杏並木を、柳生はぼんやりと見つめていた。 「よー、柳生じゃなかと?」 その独特のアクセント。振り返らなくとも、誰であるかはわかった。 名を呼ばれた瞬間背筋に冷たいものが走り、脅えた色が眼鏡の内側の瞳に浮かぶ。 おそるおそる背後を見やると、髪を銀色に脱色した少年が立っていた。 「こんにちは、…仁王君」 「ダーレもおらんなった教室で何しとると?」 と、仁王はくちゃくちゃと音をたててガムを噛みながら、近くの席の椅子を引寄せるとそれに跨って腰を下ろした。 目線が下がっても、ヘビに睨まれるような感触は拭えない。 答えないでいると、 「ちーとばっかし、…タイクツでのう」 と、言われた。 (退屈だからいったい何の用だというのでしょうか…) そう思っていると、仁王は徐々に距離を詰めてきた。 それに後ずさりをしたのは条件反射で。 一歩足を踏み込む。一歩後ろに下がる。 そしてまた一歩近づくと、また一歩後ろに。 気づけば壁際に背をついていた。 もう、後がない。 何がというわけでなく、怖いのだ。それだけだった。 「…今はテスト期間中です。退屈なら、勉強をすればいいと思います」 「アー?舐めとんか、コラ」 と、返ってくる。恐怖に怯える内心とは裏腹に、 「別にそういう意味ではありません。当然のことを言ったまでです」 と言った。 仁王の瞳がス、と一筋細くなる。 小指で耳をほじくりながら、 「当然ち何じゃ。イミわからんわ。 タイクツ紛らわすのに、何でベンキョーじゃ。頭おかしいと?」 と、理解しがたいことを言われた。 「…話が通じないようですね。これ以上お話することはありません。失礼します」 元来そりの合わないもの同士。話し合っても無駄と吐き捨てるとその場を去ろうとした。 ――が、できなかった。仁王が脚でもって柳生の行く手を阻んだのだ。 一瞬、怒らせたかと僅かに怯えた眼差しを向ける。 けれど仁王は無表情だった。何を考えているのか読めない。 「…まだ御用でしょうか、」 と、問いかけた瞬間、 「…っ!」 足に強烈な痛み感じてその場に倒れこんだ。 生理的な涙が目尻に浮かぶ。 ズキズキと痛んでいるのはどうやら膝で、そこを抱え込んで蹲る。 (痛い、痛い) のたうち回りたいのを必死で堪えた。 しだいに痛みが引いていくと、そっと瞼を開ける 見上げた先には、酷薄とした笑みの仁王がいた。 「…な、何をするのですか…」 と起き上がることもできず、弱弱しく言うのがやっとで。 仁王は一言も発さず左足を上げたかと思うと 柳生が抱えた膝を蹴り下ろしてきた。 「…!!」 声にならない痛みが走る。 「や、やめたまえ…っ」と、必死で睨み付けた。 その柳生のプライドの高さと気の強さが、仁王の癇に障ったのかもしれない。 大きな手が伸びてきて視界を覆われた。 「な、何を…」 言う間もなく、顔面を掴まれ床に頭部を打ち付けられた。 脳髄を激痛が走る。 動けなくなった柳生をよそに、仁王は自分のネクタイを外すと それで柳生の両腕を縛り机の足に縛り付けた。 そして、ベルトを緩めズボンを下着ごと脱がす。 部活でも焼けない部分が、仁王の眼前に晒される。 けれど、柳生本人は気づかない。 「…オイ、何ちんたらしとんじゃ。自分の状況を見てみ?」 生足をパチ、と叩き覚醒させる。 何とか痛みを堪え起き上がった柳生は、ようやく自分の恥ずかしい状況に気づいた。 「な…、」慌てて腰を引く。 シャツの裾で股間を隠そうとするが両手は繋がれていた。 顔面は赤く、羞恥からぷるぷると全身が震える。 「…ど、ういうつもりですか…」 「ンー?やぎゅーちゃんの恥ずかしいトコを撮ろうと思うてのう」 と言うと、後ろポケットから携帯電話を取り出した。 それを見て柳生は青ざめ、写るまいと足をずらして股間を隠そうと必死になった。 「抵抗すんじゃなか」 逃げようとしたのが逆効果か片足の足首を掴まれた。 そして、それを持ち上げられたのである。 親にも見せたことのない大事な場所を、ただのチームメイトの仁王に晒した。 これ以上の羞恥があるだろうか。 けれども柳生は気丈だった。 「こんなことを、して…何が楽しいのですか」 震えながら睨み付ける。 本当はただ嫌がらせをしたかった。 這い蹲らせて許しを請わせたかった。 ただそれだけで仁王の怒りは収まるはずだった。 しかしどうだろう。手を出せば出すほど、言い返してくるこの気の強さ。 仁王は何としても柳生を泣かせたかった。 屈服させて地べたを舐めさせたい。 「…アー楽しいのう。男がちんこ丸出しで大股開きじゃ。こんな楽しいコトってないじゃろ」 携帯電話のレンズを向けると痴態をカメラに収める。 カシャっと無機質な音が響いた。 「…、」 「しかも何じゃ、皮被っとるしこんなんで女とヤれるんか。 …あ、そーか。おまえまだ童貞じゃろ。女もこんな包茎野郎に突っ込まれとうないわのう」 下卑た笑い付きで言い放つ。 (どうして…この人にここまで言われないといけないのですか…) 柳生は怒りも羞恥も通り越して、半ば呆然と見上げる。 目の前が熱くなった。 「こーんなちっこいモンで使いもんになるんかのう?」 と仁王が茂みに寝そべる柳生の下身を摘み上げると 「やっ…」 と声が漏れた。 初めての他人の指だった。 自慰もまだ経験のない柳生にとって、それはむず痒かった。 思わず漏れた声に仁王が薄笑う。 「何喘いどると?コレが気持ちエエんか」 と、亀頭を摘み擦り上げた。 「やめ…っ!」 何の感覚かわからない。痒いのか痛いのか。 嫌々というように、柳生は首を振った。意味のない抵抗だ。 初めて見る動揺だった。 我を崩さない男が股間の刺激に耐え難さを感じている。 仁王は舌なめずりをした。 摘んだ亀頭を掌で包み、先っぽの割れ目をぐりぐりと押し潰す。 「あ、あ、アー…」 股間から身体全身に言いようのない甘い熱が駆け巡る。 今まで排泄をするだけの箇所に血が凝縮されて熱い。 瞼の裏が熱く視界が霞む。 (ダメ、ダメ、怖い…!) 「いや、いや、…アァ!」 教室内に甘い叫びが響いたかと思うと、 じょぼ…じょぼじょぼと柳生のペニスから黄色い透明の液体が溢れ出した。 独特のアンモニア臭と湯気が辺りに立ち昇る。 「…き、きったねェ!」 予想外の放出に仁王は慌てて、柳生を手放す。 手には暖かく臭い液体がべっとりとついている。 呆然と横たわる身体を見やった。 「…、」 柳生は顔を隠す。 見られたくない。ひたすら恥ずかしかった。 「今どきしょんべん漏らすヤツがおったとはなァ。アー、恥ずかしいヤツじゃ」 と、濡れた手を柳生のシャツで拭い取った。まるで雑巾のように。 「オイ、聞いとるんか」 横たわる身体を足でごろりと小突いた。 それでも柳生は無反応で、次第に興味が薄れていく。 仁王は、何より汚く臭い手を早く洗い流したかった。 「おまえなんかに関わったんがサイアクやったの。アー、手ェくさ!」 携帯をポケットに仕舞うと、文句を零しながら教室から出て行った。 薄く瞼を開き、それを確認してから柳生はほっと溜息をつく。 ようやく解放された…。 のろのろと汚れた身体を起こして、 柳生は何事もなかったかのように身支度を整える。 最低の気分だった。 チームメイトに脱がされたばかりか、緊張と羞恥が極まってもよおしてしまった。 時間の経過とともの事の重大さに気づいて、冷静だった身体が震えた。 もしこれを言いふらされたら?仁王が言わないとも限らない。 (どうしよう…) いまさらながらの動揺と恐怖。 熱くなる思考とは裏腹に、教室の床はひんやりとしていた。 柳生はへたり込むと、ただぼんやりと自分の漏らした黄色いたまり水を見つめていた。 >>NEXT |
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