どうしてあんな目に合わされたのでしょうか? そして、どうしてこんな目に合うのでしょうか。 二年間 −第2話− あれからから二日間、仁王とは遇わずに過ごせた。 けれどテスト最終日の三日目。 太陽の光が心地よく、冷たい空気が秋を感じさせる日だった。 掃除に向かう途中、廊下の遠くに彼がいた。 ドクン、 と緊張が走り、その存在に無意識に怯えた。 身体が震える。 彼はクラスメートと談笑しながら歩いてこちらへ向かってくる。 (気づかれませんように…) 手にしたバケツをギュッと強く握り締めて、祈った。 心なしか視線が下を向く。 薄汚れた廊下に、自分の姿が滲んでぼんやりと映っていた。 声が近づくにつれ、心臓がドキドキと高鳴る。 あと3歩、2歩、あと1歩――…… 何事もなく通り過ぎようとした瞬間、 『しょんべん野郎』 鼓膜に届いた小さな罵声。 「――!」 動揺が衝撃となって走った。 振り返ると、冷たく軽蔑した眼差しが射抜くようにこちらを見ている。 口は薄く笑っていて。 自分の身体が震えて、歯がガチガチと鳴った。 それは完全な侮蔑の笑みだった。 柳生は走ってその場から逃げ出した。 (どうしよう、どうしよう。どうしよう…) そればかりが頭の中をぐるぐると廻る。 思い出すと、羞恥と屈辱と見っとも無さが乱れ混じりあい、どろどろに渦巻いていた。 穴があったら今すぐに入って閉じこもってしまいたかった。 けれど現実にそんなことができるはずもなくて。 今日でテストは終わり。 午後からはテニス部の練習が始まる。 そうしたら嫌でも仁王と顔を合わせることになる。 (部活に行きたくない) と、後ろ向きなことが浮かぶ。 けれどどうにもなることでもなくて、 掃除を終えると思い足取りで部室に向かった。 練習中なるべく目を合わせなかった。 言いふらされでもしたら、この学校にはいられない。 怖かった。 けれど予想に反して仁王は何も言ってこなかったし、普段と変わった様子を見せなかった。 ほっと胸を撫で下ろす。 (このままで済むかもしれない) と、安直な考えが浮かんだ。 けれど、そんな考えは甘かったことをすぐに思い知らされた。 「オイ、もっとちゃんと舌使えよ」 髪を掴まれ指示される。 「ン、んっ」 (苦しい、嫌だ) と、思うけれど逃げられなかった。 ここは旧校舎の男子便所。 普段は誰にも使用されない場所は、 異臭の漂う薄暗い建物だった。 練習が終わり、帰ろうとしていたとき、仁王に捕まった。 そして、ここに連れ込まれた。 脅されるままに口腔内に仁王の勃起した怒張を含んで、 言われるまま素直に一生懸命舌を絡ませた。 口に入れたとき半勃ちだったそれは、すぐに大きくなってビクビク震えていた。 最初、咥えるだけで動けなかった。 この13年間、同性の性器を咥えるなんて日がくるとは思ってもみなかった。 何をしていいのかわからない。と、 「何ボケっとしとんじゃ。動かんかい」 と頬を張られた。 ショックだった。 柳生は父親にも殴られたことがなかった。 そんな柳生にとって、仁王の暴力は怖ろしかった。 打たれた頬の痛みも治まる前に 「ほら、口開けろよ。ちんたらしとったら学校中にバラすぜよ」 と汚いペニスを押し付けられた。 仁王の声はどことなく楽しそうだった。 学校以外の世界を見たことのない柳生には、 逃げ道も逃げ場も何もなかった。 ましてやこんなこと、家族になんて絶対知られたくない。 恐怖に震えながら、汗の匂いのするそれをゆっくりと口に含んだ。 亀頭から括れを深く舐めたとき 「…くっ、」 と仁王の苦しそうな声がして、割れ目から味のついた液体が出始めた。 その気持ち悪さに目尻に涙が浮かぶ。 我慢しきれず頭を引こうとしたら、後頭部を掴まれて一気に喉の奥の奥まで突きいれられた。 「ンー!ぐ、ン、っ!」 逃げたくて必死にもがいたが、強く抑えつけられてそれも無理だった。 まるでセックスみたいに仁王が口に中にペニスを突きいれてくる。 その激しさに、ヌチュヌチュと唾液と粘膜とペニスが擦れ合う音がしていた。 (早く、早く終わって欲しい) 胃から不快さが込み上げ、嘔吐感でいっぱいだった。 もう駄目だと思ったとき、口の中でどろりとしたものを注がれる。 それが精液かどうかなんて頭で理解できたのはずっと後のこと。 苦しくて思わず一部を飲み込むと、その苦味と不味さに耐えれず床に吐き出した。 嘔吐感も合わさって、その上に吐癪物をぶちまけた。 昼食で食べたものが異臭とともに床に溜まっていく。 全てを出し終えて肩で呼吸を整えていると、 むんずと髪を掴まれ無理やり顔を上げさせられた。 「痛っ…」 「オイ、しょんべんの次はゲロかよ。おまえはクソみたいなヤツじゃな」 人を人とも思わない言葉。 悔しさにギュッと目を閉じた。 「何か言うてみィ、コラ」 髪を揺すられる痛みを喉の奥に閉じ込め、一言も発さなかった。 これ以上を関わりたくない。 早く逃げ出したい。 そんなことばかりを必死に祈っていると 仁王は「フン」と不機嫌に鼻を鳴らして出て行った。 また一人、取り残された。 けれどそのほうが有難かった。 小さな窓からは、薄暗い夕闇がゆっくりと迫ってきていた。 それはまるで落ちていく自分のようだと、柳生は虚しく思った。 >>NEXT |
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