『来んしゃい』と、言われた。

 それは少し優しく聞こえた。
 だからズキズキと痛む腰を引きずって登校した。
 けれど柳生を待っていたのは、虐めだった。





     二年間 −第4話−





 仁王はまるで味をしめた猿のように柳生を求めてきた。
 そこには優しさのかけらもなくて。
 挿入こそされなかったものの、時間と場所を見つけては奉仕を強要された。
 何度も何度も口の中で仁王のペニスを舐めてしゃぶった。
 嫌だと思った不快感も、慣れていくと次第に薄れていく。
 この間のようにお尻に突っ込まれたり、殴られたりするよりましだった。
 拭えない気持ち悪さ。
 今の柳生には我慢する以外できなかった。
 それは酷く絶望的でもあった。


 「オマエ、全然上手うならんのう」
 「……ン、」
 「もちっと舌使えって。…ン、そうそ。アー、そこそこ。……くっ、」
 呻く仁王の声に合わせて、口内に苦い精液を吐き出された。
 どろりと粘っこくて熱い。
 柳生は躊躇うことなく、ごくりと嚥下した。
 本当はこんなもの飲みたくなんてない。
 だけど、二度目に咥えたときに不味そうに便器に吐き出したとき
 それが仁王の癇に障ったのか、
 「飲み干さんか」
 と、殴られた。
 それ以来、精液を飲むことを覚えた。



 季節は巡り、凍てついた空気が頬にあたる。
 夏にはキラキラと輝いていた空も、今は薄い灰色。
 太陽は淡い光となって温もりを僅かに感じるだけだった。
 今年は厳冬だと、テレビが言う。
 柳生はぼんやりと空を見上げた。
 空は仄暗かった。
 水に溶かしたような灰色が果てなく続いていて、まるで行き着く先がないようだった。

 「何ボケっとしとると?」
 掛けられた言葉に我に返る。
 「すみません。少し考え事をしていました」
 「フーン。とろとろすんなって。はよしろ」
 「はい、」
 と、頷くと仁王の部屋で彼の性器を口に含んだ。
 もうどこが感じるポイントかを知り尽くしていて、器用になった舌先で丹念に嘗め回す。
 何分かの奉仕の後、仁王は果てた。
 ごくりと飲みこんで口を拭う。
 唾液で濡れた性器をティッシュで拭いてやり、ズボンを穿かせるところまでが柳生の仕事だった。
 「アー、スッキリじゃ」
 と、背伸びをしてベッドに寝転がる。
 今日はすこぶる機嫌がいいようだった。
 こういうときの仁王は暴力をふるわないから、少し安心だ。
 仁王に背を向けて、ベッドの端に腰を下ろして床に足を投げ出す。
 すると、大きな手が背中を撫ぜた。
 「何ですか?」
 「別に何もなか」
 と、言うけれど手が止まることはなかった。
 くすぐったさで身を捩る。
 やめてください、とは言えなかった。
 「あの、仁王君…」
 「うるさい」
 せっかく機嫌がいいのを損ねたくなくて黙った。
 手は背を這い回り、シャツの中に忍んできた。
 ソフトタッチに触れる手から、ぞくぞくと震えが起こる。
 「…ン、」
 吐息が漏れる。
 「気持ちエエと?」
 「…ちが、ァ…います」
 「フーン?」
 「あ、ン…やっ!」
 悪戯な指先が胸の突起を摘んできた。
 シーツをぎゅっと握り締めて耐える。全身が竦んだ。
 「乳首たっとるぜよ。なんで?」
 「わかりません…」
 「フーン。女みたいじゃ。女はここ揉んだらあんあん言いよる」
 「私は…ン、女性では…ありません」
 途切れ途切れに反論する。
 「ツマランのう。女みたいに簡単に濡れたら楽チンに突っ込めるのに」
 文句を言いながらも、指の悪戯は止まなかった。
 それならば女性とすればいい。
 思っても口にはできなかった。
 「オマエ今度から自分で濡らしてみ?」
 「え?」
 「ローション自分で買うてケツの準備をせェち言うとるんじゃ。意味わかったと?」
 この人は何を言っているのでしょうか。
 首を振り返り、呆然と見詰めた。
 意味なんて理解できるはずもない。
 「聞こえたんかコラ」
 仁王の眉がピクリと動いた。
 条件反射に
 「あ、はい」
 と答える。
 「ンじゃ次来るときはちゃんとローション持ってこいよ。今日は帰ってエエわ」
 満足したのか仁王は腕を引いてベッドに寝転んだ。
 「あの、…仁王君?」
 問いかけたけれど返事は無かった。
 寝ているわけではないので、無視をされているのだ。
 これ以上話しかけても無駄なのはわかっていた。
 むしろ機嫌を損ねてしまうだけ。
 柳生はそっと部屋を出た。



 自分でお尻の準備をする。
 その意味するところを考えるのが怖ろしかった。
 行き着くさきは一つしかなくて、身が竦む。
 けれどローションは手に入れた。


 
 冬休みのある日、電話が鳴った。
 仁王からだった。
 今日は大晦日で一家団欒の筈だった。
 「俺以外ばーちゃん家にに帰ってしもーて正月ヒマなんじゃ」
 泊りの用意をしてこいと言われた。
 柳生は「わかりました」と言うと、受話器を置いた。
 その手はガタガタと震えた。
 けれど言われた通りに、泊りのための準備をして家を出た。

 空はやっぱり暗かった。
 立ち止まって見上げてみても、暖かな光は見えなかった。
 それが無性に哀しいと柳生は思った。



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