―――胸の中に一度灯った火はなかなか消えない。 





     二年間 -第7話-





 抱かれるようになって“嫌だ”、と思わなかったのは初めてだった。
 垣間見た一瞬の表情。
 あれをもう一度見たかった。
 今まではなるべく目を合わせたくなくて見ないようにしていたのに、見たい、と思うのだ。
 だけど、どうしてそんな風に思うのだろう。
 (わかりません…)
 無意識に首を振った。
 本当に嫌で嫌でしょうがない気持ちは今でも変わらないというのに。
 わからなくて何日も何日も考えた。
 しかしいくら考えてみても、結論を見出すことはできなかった。
 けれど変化の兆しは柳生すらも気づかないところで、確かに訪れていた。


 関係を持つようになってから必要以上の会話をしなくなった。
 まだ奉仕をしているだけの頃のほうが、仁王からの嫌がらせがあったように思う。
 けれど、それも今はもうない。
 もともと部活を離れれば思考も環境も違う二人。
 練習中でさえ会話どころか目を合わせることもなくなると、二人の間には何の接点もなくなった。
 『あいつらは相容れない存在』
 誰もがそう思っていた。


 年も明けた一月。冬休み最後の日。
 明日は始業式だけということもあってか、休日返上での練習もいつもより早い時間に終了した。
 その後は当然のように仁王からの呼び出しがかかる。
 柳生は身支度もそこそこに、急いで仁王の家に向かった。
 到着するとシャワーも浴びさせてもらえず、すぐさまベッドへと引っ張り込まれた。
 お互いの汗の匂いはもうすっかり鼻腔に馴染んでいる。
 練習後とは思えないほど、仁王の性欲は強く、とても精力的だった。
 柳生の慣れた身体もすぐに花開く。
 強引な腕に押さえつけられながら(今日は激しい)、と思った。
 きつい揺さぶりに柳生は何度もベッドから落ちそうになった。
 シーツを掴んで必死に持ちこたえようとしたけれど、グチャグチャになってしまって意味をなさない。
 手で空をかきながら何かないかと探すと、指先が温かい何かに触れて、掴むとそれは仁王の肩だった。
 快楽で飛んでいた思考が一瞬理性を引き戻す。
 (このまま、抱きついてもいいのでしょうか)
 悩んだのはつかの間で、柳生は激しさに耐え切れず、思い切って仁王に抱きついた。 
 振り払われるかもしれない。
 不安に思ったけれど、予想に反して何もされなかった。
 安堵して更に強くしがみく。
 すると足を抱えていた腕が伸びてきて、勢いよく抱きしめ返された。
 思ってもみなかった腕。
 一瞬、何をされたかわからなかった。
 驚いて閉じていた目を開けると、飛び込んできたのは
 「ううっ」
 と、仁王が呻いて達する瞬間だった。
 ビクビクッと自分の身体の奥で太い性器が唸っているのがわかる。
 (あ、顔を見たい)
 と思ったが、抱きしめられているせいでそれは叶わなかった。
 仁王は吐精すると我に返ったのか、すぐに乱暴に柳生の身体を離した。
 いつもなら意地の悪い言葉が落ちてくるのに、バツが悪そうに視線を外すだけ。
 そしてベッドの端に腰を掛けて何も喋らなくなった。
 外はもう闇に包まれていて、早くしないと仁王の家族も帰宅してくる。
 柳生はチラチラと時計を気にしながら、仁王の広い背中を見つめた。
 帰れと言われないのに出て行くわけにもいかない。無言の彼に困惑した。
 「……仁王君?」
 思い切って声をかけてみる。けれど返事は無かった。
 「仁王君」
 今度はもう少し力強い声をかける。
 すると仁王は今気づいたのか
 「ア?なん」
 と、振り向いた。
 「もう遅いですし、帰りますね」
 散らばった制服をかき集めようと床に手を伸ばしたとき、指先を掴まれた。
 「仁王君?」
 少し痛いくらいに強い力だった。
 何をしたいのかわからなくて、仁王をじっと見つめる。
 けれどやはり彼は無言だった。
 「あの、帰らないと、」
 唇を薄く開いたところで、生暖かいものが触れた。
 「ッ!」
 そして触れ合ったままシーツの上に押し倒された。
 それから熱くぬめったものがチロチロと唇を舐めて、咥内に侵入してくる。
 それが仁王の舌だとわかると、全身がカッと熱くなった。
 「んっ、んっ、んっー!」
 両腕はシーツに押さえつけられ、仁王の身体が圧し掛かってくる。
 濡れた舌に舌を吸われると苦しい。
 息ができなくて、何度も何度も噎せあがりそうになった。
 さんざん好き放題に嬲り尽くされて、閉じた目には自然と涙が浮かんでいた。

 どのくらい経っただろうか。
 階下からのガタガタという物音に我に返る。
 仁王の家族が帰宅してきた音だ。
 もう離れないといけない――
 そう思って目を開けると、仁王の何か物言いたげな双眸と重なる。
 それをぼんやりと見つめながら、ほんの僅かだけ腕を動かすと、仁王はすんなりと離れた。
 起き上がって身支度を整える。
 「…帰りますね」
 と、声をかけてみたけれど、仁王はベッドに寝転んでいて返事はなかった。
 柳生は返事を待つことなく、そっと部屋を後にした。


 外は頬を刺すような冷気に包まれていて、首が竦む。
 けれど触れ合った唇はまだ熱を持っていて、ジンジンと熱かった。
 指先でそれに触れる。
 ふと脳裏に仁王の憂い顔が浮かぶ。
 何をしたかったのかと考える。
 それは考えてもわかるはずもないことで、しかし柳生は考えるのを止めることはできなかった。



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