海は青うて、でこうて、きらきらしとる オマエに、俺の地元の海をいつか見せたる ほんまに綺麗なんじゃ―― 好きすぎて、バカみたい 第1話 仁王と付き合い始めて三年がすぎた。 関係はもうすっかり冷め切っていて、自分から愛情を示すこともないし、彼から感じることも無い。 (もう、駄目になるかも―…) そう思うこともしばしばだった。 けれど、悲愴になるわけではなかった。 現実を受け入れていて、別段何とも思わない。 それは多分、自分自身もこの状況に飽きているからで。 誰もいない部室で一人、使い古びたロッカーに凭れる。 顔を上げれば、窓の外からはやはらかな陽射しが射していた。 もう春だ。 早春の光は暖かかった。 明日は卒業式で、もう何もかもが終わる。 六年間の立海での生活も、 大好きなテニスも、 『高校生』という肩書きも、 そして、仁王と一緒にいることも― (これでいいのです。大人になるのですから) 瞼を閉じて、ゆっくりと深呼吸をした。 「……」 でも、どうもすっきりしない。 この胸の痞えは何なのか。 引っ掛かりをずっと感じている。 これは未練なのかとも考えた。 三年も一緒に居て、そんなに長い付き合いの人は今までいなかったし、 情が移っていて離れなたくないのだろうか。 それは違う――> それだとこの思いにカチリ、と嵌らない。 柳生の心の中には解決できない僅かな隙間があって、それが残り火のようにずっと燻っていた。 「それじゃ、撮るぞ。みんな笑えよ。1、2、3―…ハイ」 テニス部三年のメンバーがコートに整列する中、大きなカメラのシャッターがパシャッと切られた。 卒業アルバム用の記念写真だ。 「はい、OK!みんなお疲れ!」 「お疲れ様でした」 「お疲れー」 カメラマンのOKの声に、大人しく並んでいたチームメイト達は一斉に思い思いに動き始めた。 教室へ戻るもの、後輩達に囲まれて写真をねだられるもの、談笑しあうもの。 仁王に目を向けると、たくさんの女生徒に囲まれていた。 柳生は無言のままそれを見つめる。 もう見慣れた光景だった。 すると、それに気づいたのか仁王が輪の中からすり抜けてきてくれた。 「……いいのですか?」 「エエよ。面倒じゃし」 二人で少し離れた場所に移動した。 会話を聞かれないように。 「卒業おめでとうございます」 「…オマエもな」 「大学合格もおめでとうございます」 「サンキュ。持ち上がりじゃけどな」 「それでも凄いことだと思います」 「オマエも医大受験頑張りンしゃい」 「ありがとうございます」 おかしな会話だと思った。 お互いがお互いを見つめているというのに、言葉を交わしているというのに、 何もかもが思考をすり抜けていく。 もう話すネタすらもないのかと思うと、不思議な気持ちだった。 あんなに好きだと思った気持ちは、いったいどこにいったのだろう。 暫くすると、仁王が先ほどの後輩達に呼ばれた。 「おう、今行くぜよ!」 仁王が振り返って叫んでいる。もうあまり時間がなかった。 「悪ィ、あいつらが呼んどるけェ行くわ」 「はい。私も塾があるのでもう行きます」 「ンじゃ、またの」と、仁王が後輩達のところに戻ろうとした背中に柳生は呟いた。 「さようなら、仁王君。今までありがとうございました」 その言葉に、仁王は僅かに振り向いた。 瞬間、強張っているように見えた。 けれど、それは気のせいだったのかもしれない。 「―…元気での」 と言ってくれたときには、もう笑っていたから。 「はい、仁王君もお元気で」 微笑み返して、遠ざかる仁王を見つめた。 “ さようなら、仁王君 ” 声には出さず、もう一度口ずさんだ。 言ってしまえば、なんて簡単な言葉なんだろう。 こんな一言で、何もかもが洗い流されて、終わりになって。 不思議と、別れを告げてもすっきりとしなかった。 もっと解放された気分になるのだと思っていた。 胸の痞えもなくなるのだと。 だけど、この気持ちは何? 意味がわからない。 (…これでいいのです) これ以上一緒に居ても、何の意味もない。 お互いのためにならない。 これで、いいのです―――― 柳生は仁王のいる方向に背を向けて、ゆっくりと歩き始めた。 >>NEXT |
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