一人のときは、その広さに馴染めなかった。
 バタン、と閉じられた重い扉。
 取り残された部屋の中は、何の雑音もない。ただ、自分がいるだけで。



 起き上がっても、ベッドは軋まなかった。それが高級さの証とでもいうように。
 清潔だった白いシーツは、ぐちゃぐちゃで昨晩の名残が見てとれる。
 このシーツの上で激しく乱れたのが嘘のように、柳生はスーツを身に纏い男の顔をして出て行った。
 スーツは、彼によく似合っていた。
 柳生に飼われる自分とは、とても違ってみえる。
 こんな生活になって、はや半年が経とうとしていた。










    テレビ  第一話










 再会は、仁王の職場だった。
 そこは歓楽街の高級クラブで、柳生が同僚や上司の医師らと客としてやってきた。

 『親が開業医とは聞いとったけど、敷かれたレールをまんま歩いたってカンジ?』 
 手洗いへと中座した柳生を、追いかけて言った。
 柳生は否定も肯定もしなかった。そしてにこりともしなかった。
 学生時代あまりいい関係ではなかった。無視をされても仕方ない。それは気に留めることではなかった。
 店の女から電話番号入りの名刺を受け取る柳生に、帰り際自分の携帯を書きなぐった汚いメモを握らせた。
 突発的な行動。
 それから1ヵ月後、渡したメモのことなどすっかり忘れていた仁王の携帯に、知らない番号からの着信があった。
 出てみると、それは柳生で。
 
 呼び出されてメシを奢ってもらった。
 話題はほとんどがむかしお互いが熱中したテニスのこと。
 懐かしい話に会話が弾み、思わず楽しい時間を過ごした。
 それから時折、呼び出されては会うようになった。
 柳生の家を訪れたのは、それからほどなくして。
 前後の境もわからないほど酔われてしまったので、仕方なく家に運んだ。
 何とか聞き出した住所は、都内でも有数の高級住宅街。その一角の高級マンションだった。
 潰れた柳生を大理石の玄関に放置して、勝手に上がり込んだ。
 そこかしこに、上流の生活ぶりが見てとれ、ボーイのバイトで食いつなぐ自分との差は歴然だった。
 けれど、きれいすぎて生活感がなかった。
 いい暮らしをしているだろうが、女の匂いもない。
 寝室の扉を開けると、一人用にはどでかいベッドが一つ。
 後で聞くと、クイーンサイズだとわけのわからない説明をされた。
 同じ体格を運んできた疲労からか、とろんと瞼が重くなり、目の前のベッドに潜りこんだ。
 そして、そのまま居ついた。



 ベッドから抜け出しリビングに移動すると、ガラステーブルには朝食が用意されていた。
 冷蔵庫から牛乳を取り出し、グラスに注ぐ。
 居ついた当初は、柳生も怒りをあらわにしていた。
 けれど、横柄で気ままに過ごす仁王に、諦めたのか文句を言わなくなった。
 テレビを付ける。
 外界から切断されていた無機質な部屋に、大量に音の洪水。
 ソファに座って朝食を取りながら、ぼんやりとそれに耳を傾けた。
 この部屋にはテレビがなかった。それを、仁王がねだって買わせた。
 高層マンションは地上の生活音が届かず、無音状態に耐えられなかったからだ。
 食事も平らげて、することもなくソファに寝転がる。
 時計の針がちょうど昼の12時を指していた。
 空腹も満たされ、うたたねにはいい頃合で。春の穏やかに日差しも相まって、ついうとうととなってしまった。


 「――…君、」
 遠くで声が聞こえる。
 「…仁王、君」
 身体が小船に乗ったみたいにゆらゆら揺れる感覚。飛んでいた意識が、薄っすらと覚醒する。
 名前に反応して、重い瞼を開けると、目の前には柳生の顔があった。
 「…ンー、仕事終わったと?」
 揺れていたのは、柳生が肩を揺すっていたからだった。
 起き上がると、テレビからは夕方の報道ニュースが流れている。
 昼から寝てしまっていたらしい。
 「晩御飯は何がいいですか?」
 帰宅したばかりだろうか。スーツの上着を脱ぐと、柳生は晩飯の支度に取りかかった。 
 再びテレビに目を向ける。
 ともすればタレントよりも美人のアナウンサーが、にこやかに画面の中で笑っていた。
 朝起きて、メシを食う。柳生が帰ってくるまでの間をテレビを見て過ごす。
 時々は外に出ることもあるけれど、ここに来てからずっとこんな生活だ。
 けれど、追い出されないのには理由があった。



                                                                          >>NEXT



 >>BACK