テレビ  第二話










 ほとんど手を付けず、晩御飯を終了させた。
 せっかく作った料理が無駄になっても柳生は文句を言わなかった。
 汚れた食器をキッチンで片付けて戻ってくる。
 仁王の隣に腰を下ろすと、ほっと溜息をついていた。
 それを横目に肩を抱く。
 女の華奢なそれとは違う、テニスで鍛えた頑丈な肩。柔らかくともなんともなかった。
 抱き寄せて、口付けをしようとした直前―
 「…そんな気分ではありません」
 柳生は眼鏡を押し上げながら、顔を背けた。
 「何でじゃ、エエじゃろ」
 「今日は、…疲れていますから」
 拒まれたのは初めてだった。それが仁王に火を付けた。
 ソファに押し倒すと、直に股間に触れる。
 「やめ…、」
 握り込んで扱くと、それはすぐに勃起した。
 「……あッ、あッ…いやっ!」
 先端をぐりぐりと弄る。柳生の弱点はもはや全て知り尽くしていた。
 陥落させることなど、造作も無いことだった。
 腰を打ち付けるたびに、ぐちょぐちょと濡れた音が響く。
 アナルの粘膜がもぐもぐと喰らい尽くすように、怒張を締め付けてくる。
 その穴の持ち主は、自分の下で揺れながら喘いでいた。
 
 そこは恐ろしく、気持ちのいい場所だった。

 仁王はもともと男の身体に興味などなかった。
 しかし柳生の身体は格別だった。
 何度しても恥ずかしがるさまは、仁王の征服欲を刺激した。
 だから柳生が次の日仕事があろうとなかろうと、お構い無しに思う存分セックスを楽しんだ。。
 そのオーバーセックスに、柳生の身体がくたくたになっていることなどどうでもよかった。
 
 結局3回目まで付きあわせて、柳生が気を失ってからやめた。
 裸のまま眠る柳生の素顔は、酷く憔悴していた。汗で張り付いた前髪を整えてやる。
 性にはこだわりの無いほうではあったが、男相手に勃起する自分が不思議だった。
 男の身体に勃起して射精している自分は、まるで柳生と同じホモではないか。
 仁王は苛立ち紛れに、煙草を探す。
 (どうしてこんなことになったんじゃったか)
 こんな生活になってもう半年が経とうとしている。
 咥えた煙草火をつけて、記憶の糸を手繰った。



 中学の頃の柳生は、あまり記憶にない。
 ダブルスを組んではいたけれど、十年の歳月は長く、記憶の片隅に薄くぼんやりと残っているだけだ。
 当時から女っ気のない男だった。
 それは大人になっても変わらないようで、不思議に思って聞いたことがあった。
 柳生は小さく笑って、「忙しいだけですよ」と、言った。
 忙しいだけで、性欲は人並みにあると知ったのは、柳生の自慰行為を見たときだった。
 几帳面な男にしては珍しく、自室の扉の隙間が開いていた。中から微かに漏れる荒い呼吸。
 何気なく、中を覗きこんだ。
 「…!」
 信じられない光景だった。
 柳生はソファに浅く腰掛け、ズボンを膝まで下ろし、握り締めた自身の性器を愛撫していた。
 こいつも一応男なんじゃなァと、奇妙な実感とともに立ち去ろうとしたそのとき―
 「…ん、…に、おう…くんッ、…!」
 柳生は仁王の名前を吐き出すと、絶頂を迎えていた。
 全身から一気に冷や汗が噴き出る。
 どういうことだ?こいつは、今俺の名前を口にした。そしてイった。
 (この男は俺を好きに違いない)
 仁王は妙な確信をもった。

 それから、柳生に甘えるようになった。
 懐く、の甘えるではなくて、どんなことをしても許される、といった具合に。
 自然と態度も横柄に、我侭になる。
 柳生は眉を顰めるだけで、文句を言うことはなかった。
 それが更に、仁王を増長させた。
 仕事も辞めた。
 何をせずとも衣食住にありつける生活を手に入れたら、もう仕事の必要はなかった。
 もともと働くことには、何の価値も見出せていなかった。


 柳生の家に居着いて数週間が経った頃、無性に女が欲しくなった。
 暫くセックスをしていなかったし、いい年をして自慰行為などしたくない。
 仁王は携帯を取り出すと、登録してある電話帳を検索し始めた。

 部屋のチャイムが鳴る。来客だ。それが誰かは見当が付いている。
 重い腰を上げて、玄関へと向かう。扉を開けるとそこにいたのは、芳しい香りを漂わせた女だった。
 「待っとったぜよ。もう俺溜まりすぎて、死にそう」
 女の肩に甘えるように抱きついて、柳生のベッドへと連れ込む。
 時計を見遣るとそろそろ柳生が帰ってくる時間で、もしかしたら見られてしまうかもしれない。
 そう考えると、股間が疼いた。スリルは最高のスパイスだ。
 女を裸にして犯した。柔らかい感触を楽しむ。女は狂ったように喘いでいた。
 そして狙ったように、そこに柳生は帰ってきた。
 絡み合う仁王と女を呆然と見詰めていた。
 「何見とると?何ならおまえも混ざるか」
 間抜け面を鼻で笑ってやると、柳生は拳で壁を殴りつけた。
 大きな音に女の動きが止まる。
 「今すぐ出て行けっ!!」
 その激昂振りに女は慌てて出て行った。
 置き去りにされた仁王は、肩を竦める。
 「あーあ。何もそんなに言わんでもエエじゃろ」
 「君の神経にはほとほと呆れますよ、仁王君。ここは私の家です。
  居座るのはいいですが、こういった真似は今後二度とやめていただきたい」
 「しょうがないじゃろ、俺男じゃし。ヤりとうなるときもある」
 「そういうときは外でしてください」
 「外行くんダルイわ。あ、そうじゃ。それとも何か、おまえが相手でもしてくれると?」
 ニヤついた笑いで半裸のまま柳生に近づいた。
 「何を…」
 勃起したままの性器を隠そうとしない姿に、柳生は視線を逸らす。
 そんな柳生を真正面から見据え、肩を抱いて耳元に囁いた。
 「……おまえ、俺のこと好きじゃろ」
 柳生の表情がみるみるうちに蒼白になっていく。
 仁王はどうしようもない快感に背筋が震えた。
 「そんな…、そんなことはありません。何を言っているのですか」
 「顔、青いぜよ」
 「離したまえ」
 「嫌だね」
 柳生は不愉快そうに眉を顰めたあと、俯いて暫く黙り込んだ。そしてぽつりと呟く。
 「……そうですよ」
 声は震えていた。
 「私は君が好きです」
 耳は真っ赤だ。
 仁王は薄く笑った。それからその耳朶に口付けて
 「じゃあ、俺の、しゃぶって」
 と囁いた。
 柳生は震えながら跪き、女の膣液で濡れた仁王の怒張を咥えぺろぺろと舐め始めた。



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